覚書き

小林陽太Yohta_Kのエッセイ

Redの重要性

 やはり人の縁というものは、それが如何によからぬ物事となっても、必要な人とちゃんと出会うようになっているのだなと思えた。

私はかなりBlueな暮らしをしていたから、Redな暮らしというのも必要なのだとつくづく思うのである。

 

Businessの真っ只中にいる、事物や金品への恵まれやすさは、BlueというよりRedに属する。

なにか行動的に、実践的に、アクションを起こし続けるためには、勿論のこと知識や判断力などが必要だが、やはりPurpleな感じよりもRedが重要になってくると昨日、ある女性と接していて強く気づかされた。

 

Redには負の側面として、恨みやすいなどの姿勢があるが、正の側面としてはその瞬発力というか、圧倒的な実行力にあるといえよう。

リアルに猪突猛進するためには、BlueのブレーキよりもRedのアクセルが要るのである。

学びと遊びがあったとしたならば、Redは遊ぶために必要な色だ。

 

遊ぶからこそ、学びの種が得られる。

学ぶからこそ、遊びの種が得られる。

いっぱい学んだならば、Businessで還元すること。

いっぱい遊んだならば、Personalに還元すること。

勿論のこと、大人というものは、Personalを軸に積極的にBusinessする姿勢が大切なのである。

それは、ここ数年で学んだ教訓だ。

 

今日の一句

「最も影響力のある姿勢とは行動である」(四半世紀を生きて)

一人で生きている人などいない

私の尊敬するDJあおいさんの最新ブログ記事に、次のようなものがあった。

 

djaoi.blog.jp

 

これは実に結果的にそうだとしか言いようがない正論である。

自分の人生を始めて生きてゆくためには、前回の記事にもあったように、

 

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

 

ということと繋がってくる。

結論からいえば、行動・行動・行動の日々の中で、自分を忘れて暮らしてゆくことが「生きるということ」、それが社会化に近いのではないかと思う。

 

昨日の土曜日、あるショッピングモールに行ったら、子供連れの家族で大混雑していた。

人はみな、子供を産み、育て、ただただ生きることに熱心なように感じられた。

恵方巻を購入するために、沢山の人たちがレジに並んでいた。

しかし、私はそこに以前、東日本大震災のときに抱いたある違和感を抱いた。

続きを読む

生きるということ

あぁ、デジタル・デトックスも大切じゃないか?

考えすぎても(能動的に)動けなくなるし、感じすぎても(受動的に)動けなくなるものです。

動かなくなったら、それは死んでいるのと同じ。

人が動くということは、働くということ、それが生きるということなのではないかと今では思うかなと。

誰が、何を、なぜどうして、どのように働いてゆくということの方がきっと大切なのではないかとも思えます。

 

続きを読む

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX