覚書き

小林陽太のブログ(6月に閉鎖予定)

ブログやめる ~Internetの光と闇~

 柏餅を食べながら,これを書いている.

 あるブログの記事を読んでいて,ブログというのはどうも中途半端なメディアだなと気づいてしまったので,ふと突然やめることにした.

 なんというか,エッヂEdgeが効いていないところがあるのだ,うまく言えないが.

 

SNSの使用法を見直す

 

 というわけで,SNSの使用法を不定期に見直しているのだが,あまりにも登録している数が多いので,幾つかに絞ることにした.

 そのためには,メリット・デメリットを考えたい.

  • Twitter → シンプルで伝達性高い.悪く言えば個人版便所の落書き
  • Facebook → 実社会とのリンクが強い.悪く言えば空気読めとなる.
  • Instagram → お洒落で映像主体.悪く言えば承認欲求強し?
  • mixi → ニュースが面白く,本音的.悪く言えば旧世代的?
  • LINE → 実用性やグッズが豊富.悪く言えば閉鎖的,誤送信注意.
  • その他 → 話題性や機能性などに特化.悪く言えば利用者が少ない.

 勿論,上記は私の主観がかなり混じっているし,本音を書けていない部分もある.

 以上のようなことを,参考にしながら使用するSNSを絞ることにする.

 

Internetの光と闇

 

 Internetが普及してから,少なくとも20年くらい経過したのだろうか.

 今の若い世代は,生まれたときからInternetが普通に存在し,それを当たり前に多用してきた年代だ.

 正直,新世代においてそれらの使い方は,旧世代には圧倒的に勝ると言って差し支えない.

 ただ,当初からこのInternetの光と闇については,いろいろと言われてきた.

 

 今回は私の視点からそれをまとめたい.

 ひとつの参考として頂ければ幸いだ.

(※左を「光(メリット)」,右を「闇(デメリット)」とする)

  • 二次情報の伝達が容易になった ⇔ 容易になることによる様々な弊害
  • 安価にビジネスを始められる ⇔ リアルのインフラに依存している点
  • 時と場に縛られず二次的活動が可能 ⇔ 人々の志向がバラバラになる
  • 人類に新しい楽しみを齎した ⇔ 同時に新しい苦しみを齎した
  • その他,いろいろ.

 要は「道具は使い方次第」といったところにそれは繋がるのではないだろうか?

 倫理観から読解力,そしてその他など色々と問われるものになる.

 それはきっと憲法における,表現の自由に強く関わる内容だ.

 

 個人的に,私が見直さなければならないと思えてしまうのは,このような人間社会の領域,すなわち,二次情報的な活動(言語と映像による活動)というのは,一次と三次に挟まれて行われているということを忘れてはならないということだ.

 一次(形質)的な,また三次(時間と空間)的な領域に挟まれて行われている活動なのだから,そこを忘れてしまってはならないのである.

 どちらかというと,そちらのほうがインフラとしての基盤として機能しているからなのだから.

 

 というわけでこの記事で,長文による文筆活動は本ブログで辞めたいと思います.

 今後は,

note.mu と,Twitterを併用して,有料に関しては文責を持って活動します.

 

 尚,本ブログは6月中に閉鎖する予定です.

 これまで,少しでもブログにて縁があった方等,いろいろとありがとうございました.

 今後,新しい時と場にて,より安心感とエッヂEdgeの効いた文の中に真価を散りばめて,個性化をはかってゆきたいと思います.

 

 


Vinyl-Srv.Vinci (Ex.King Gnu)

(※これ好きなので,最後に紹介するのだー.さよなら♪)

 

今日の一句

「有難う,有難う,有難う」(おれ)

noteはじめました!

 そういえば,某SNSなどでは,有料のセミプロ文筆家として仕事しているときがある私.

 それでこの度,noteに手を出すことにした.

 

noteはじめました!

 

note.mu

 

 元々,3年くらい前から書籍を出そうと思っていた人間で,紙媒体の出版は手間隙と賃金が相当掛かるということを知ったというのもあり,電子書籍を希望していた.

 Kindleで出版するか,それとも別の大手で出版するか悩み,Adobe InDesign(出版編集ソフトウェア)をPCに導入しようとしていた矢先,いろいろあって転職活動へ突入.(当初,陸上自衛隊の個人面談を受けたりしていた!)

 その後,介護,物流,清掃などの仕事を転々としながら,あれからそろそろ2年が経とうとしている.

 ブログで妥協していたりしたが,このたび文責をちゃんと負って,有料でやってゆこうと決意した.

 それには,私が「意外に経験豊富だね」と言われる人間だからというのもある.

 で,結局あなたの仕事は何なの?と言われたら,とりあえず「文化活動家」という,当たり障りのない回答をしてるが,文化で食うって難しい!

 というよりも,二次情報をリアルにて発信できるインフラが整っている都市でなければ,本来難しい仕事ではあっただろう.

 ただ,今回「note」というある会社のSNSを利用することにより,それがInternetが使用できる環境ならば,仮想的に実現できるようになったのである.

(※現在,このnoteという会社と似たような事業をされている会社は多々増えている.)

  

そもそもおまえは何者なんだ?

 

 今回,個人客ではなく,公的な意味でのお客に対して,初めて有料の文筆活動を行ってゆくので,特に文責を負わねばならないと思うに至った.

 そのため,文化活動家としてのある程度の経歴は示す必要があるだろう.

 勿論,文化活動だけでない,社会活動や経済活動にも携わることはあるが,純粋な意味での文化活動とは,いわゆる「学芸」としての活動に近似すると私は考えたい.

 以下に,文化活動家・小林陽太(Pen Name)としての経歴を示す.

 

経歴

1984年,福岡県生まれ.

神戸大学理学部中退(化学),専門は陰陽論(哲学).

週末はギターの弾き語り,数理関係やその他の活動をしている.

  • (2006)(改修直前の)神戸大学国維寮にて独自の陰陽論(哲学)の研究開始.
  • (2008)四国八十八ヶ所野宿遍路満願(奥の院)したり,文化活動に携わる.
  • (2016)約10年の民間講師等を辞めてフリーになり,清掃習慣を大切にしながら,本格的に文化活動を開始.
  • その他,グルメ,放送,バイク,官能,参拝,研究などが大好き.

 という,30代という年齢に沿わない,マニアックな趣味の羅列となった.

 そして,それも趣味という次元にとどまらず,かなり本格的に行っていたりするのである.

 であるからに,もうこれを対価や評価を頂く仕事としてするしかないと,昨年2017年に思ったのだ.

 

文化で食うのは難しい

 

 文化活動で食うということは,はっきり言えば単純な経済活動より難しい.

 貧困が多くなった時代においては,真っ先に不要とされるのは文化だからだ.

 例えばまた,「儲ける」という漢字は,「信者」と書く.

 であるからに,文化活動家はいわば「教祖」になってしまうのではあるが,教祖はいい加減な仕事はしちゃいけない,誤った道を説いてはダメなのだ.

 いい加減な仕事がしたいなら,対価も評価も期待せずに,無賃労働でやればいいのだ.(つまりボランティアだ)

 でも,ボランティアもはっきり言えば,プロにやってもらわないと困る部分もある.

 アマチュアボランティアほど,有難迷惑なものはないといわれるもの.

 ビジネスの世界でもそうなのに,ボランティアの世界でも即戦力が求められるってのは本当に現代的だねと,私はふと思ってしまう.

 

 ところで,私のnoteでは,

ブログ(エッセイ)というより参考書(学芸書)

 という点に 視点を置いて,不定期に更新したい.

 

 また,今後のこちらのブログの方針は,

  • 完全にエッセイ形式で,読みやすさを重視.
  • 広告宣伝等を標しとした,入門としての内容.
  • 筆者の語彙や文筆能力の向上の場.

 のような,感じにしたい.

 

 どうも,ご拝読ありがとうございました.了

 

今日の一句

「本読みになったらあかんで」(松下幸之助

内向型人間の時代②

 すっかり,梅雨という感じの季節になってきた.

 ところで,お馴染みのこの本は,内向型人間の典型例である私のためにあるかのような本であるが,このたび完全に読了したので,Voice Messageなどを通して批評と感想を述べたい.

 まず,『内向型』という言葉の意味などについては,様々な見解があるのだが,これについては前回の記事が参考になるだろう.

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

 

 今回は,この本(※参考文献)の中から気になった部分を抜粋しつつ,私なりの見解を示してゆきたい.

 

Voice Message

 

VM180511
テーマ「内向型人間の時代」(上:導入3分,中:批評10分,下:感想7分30秒)

 

内向型のためのメモ

 

 Voice Message内でも述べているが,内向型人間として暮らす秘訣を抜粋した.

 

内気で自分の世界に生きている.
彼らはアーティストに近い.
アーティストは単独で働くのが一番いい.

スティーヴ・ウォズニアック/エンジニア

 

自分にとってやりがいのある事柄に,まともに向き合える.
自分の技術や能力を向上させたければ,自発的でなければならない.

アンダース・エリクソン/心理学者

 

内向型を自認する人を,「とても敏感な人」と名づけた.

エレイン・アーロン/心理学者

 

『フロー』とは,端的にいえば「無我夢中」の状態のこと.
フローの状態になると,自分を忘れてただただ没頭してしまい,時や場すら忘れてしまう.
フローを経験する鍵となるのは,外発的動機付けよりも,内発的動機付けを大切にすること.

『コア・パーソナル』とは,自分にとって非常に重要な事柄のようなもの.
実は内向型の人は,自分が重要視する仕事や,愛情を感じている人々,高く評価しているそのような事物のためならば,外向型のように振る舞える.
コア・パーソナルを探すためには,

  • 子供の頃に大好きだったことを思い出す
  • リアルで関心の強い仕事を考えてみる
  • 自分が何に憧れ羨望するかに注意する

そのような事物に自分のそれは存在する.

 

私の経験とその実際

 

  • 図書室にこもってるような内気な子ども.

→文や絵などの文化的な活動で,街や県からも評価されていた!

  • 野球やサッカーなどに全く関心がない少年時代.

→ファッション,あるいはポピュラー・ミュージックなどの芸術に関心!

  • 男らしくないという劣等感を解消するために,柔道とかマラソンもしていた.

→楽しくないし,それは本当の自分じゃないと気づき,再び文化的な方向へ!

  • いろいろと「敏感なこと」に成人してからも悩み続けた.

→内向型という性格があることを知って,それに関する本や講義などに触れる.

  • 経済的にも,社会的にも,限界を覚えてくる!

→反動で,外向的な仕事をしよう!と思って転職をしてみるが失敗.

  • 過去から未来までみつめ,「もう自分でやろう!」と思った.

→(いま・ここ!)


 本の中にも書いてあるが,この世界は外向型の人々のために作られている.
 外向型の世界なのだというと語弊があるので改めるが,思想(イマジネーション)するのではなく,行為(リアライゼーション)するために,この世界はある言ったほうがいいだろう.
 ビジネスというものは,どちらかというと明らかに後者のためのものだ.
 したがって,単純労働などにおいては,イマジネーションというものは寧ろ邪魔になる可能性すらある.
 仮にそういう部分があったとしても,残念ながらその部分については対価や評価も得られないことが多い.
 しかし,次のような例を考えてみれば,そのようなイマジネーションがなければならない仕事等がみえてくる.

 

 

ツクるということ

 

 「ツクる」という言葉があるが,それには「造る」,「作る」,「創る」といった具合に,いろいろあるではないか.
 そしてそれは,肉的な意味での行為,心的な意味での行為,霊的な意味での行為に例えられるかもしれない.
 このように,後者にいくほどに,なんとなく難易度が高くなるような気がしないでもない.

 以前に,下記の記事に書いたように,

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

 

 プロと一流の違いでいうならば,一流に至るための困難さにそれは似ている.
 つまり,クリエイティヴな仕事ほど,一流に近づいてゆかねばならないのに似ている.
 もしかしたら,クリエイティヴな姿かたちというのは,「自己実現」することなのではないか.
 それは文化的な表現で表してもいいし,社会的な,あるいは経済的(肉体的)な表現でもいい.(※もしかしたら,無畏施・法施・財施などというように,仏教では述べたりするのかも)
 内向型人間というのは,仮にその表現が肉体的であっても,プロよりも一流に憧れる傾向があるのかも知れない.
 そして,内向型がビジネスでも遺憾なくその能力を発揮するためには,「ツクる」ための環境をまずは整えるべきだ.


 特に「創る」ことに関心が強い内向型は,特に「造る」や「作る」を強制される環境からの逃避が大切である.(※機械になれ!アンドロイドのロボットになれ!時にAIになれ!というように強制する環境.端的にいえば,単純に都合のよい労働力としかみなさない環境.要は「4ね!」というような意味で関わってくる環境)


 だからこそ,自己の回復を促せる,そういった落ち着いたプライベートの時や場,仲間等を複数,また自ら所有することだ.
 特にそういう人たちにとって,家庭より寧ろ会社がそういうものではなければ,決して幸せにはなれない.
 結論からいえば,もう会社を独自に構えるしか,道はないといってよいくらいだろう.
 そうでなければ,何らかの妥協点を見出して,既存の会社等の中でうまくやる道を探すべきである.
 そして,後者は主体(自分)ではなく客体(相手)に依存しているから,往々にして後悔しがちな人生になるかも知れないのだが…….


今日の一句
「成功することよりも,後悔せぬことを(みたいな)」(DJあおいさん)

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX