覚書き

陽太のブログ

河の流れのように

 世の中には出地、所属、学歴、様々な個人に纏わる条件というものが存在する。そしてそれが往々にしてその者の人生を左右することになるが、元々生まれ持ったその人の魂というか、下品、中品、上品とでもいうか、言語や映像では言い表せない、人の品格というものがそこに存在するように思える。

 

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赦しについて、そして本能。

 昨年、「恨みについて」という記事を書いた。

 甘えと恨みについての見解については前回の記事通りなのであるが、その記事の最後に述べた「赦し」について、そして生きるための根本原理である「本能」について今回は述べてゆく。(但し精妙な洞察に始終しているわけではない。)
 尚、赦しについては、こちらの記事を参照してみるのもいいのではないか。また辞書等で調べていただければ幸いである。

 

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石の上にも三年

なにごとも続けてみたからこそ分かってくることがある。

寧ろ続ければ続けるほど分からなくなってくることもある。

 

好きなことは素朴に大事にしたい。

好きでないことでも巡り合ってせざる負えないことは、三年くらいは続けてみたほうがいい。

それは必ず、将来の自分の糧になると思うからだ。

買った物事、サービスは、使用してしまえば直に消えてしまう。

しかし、自ら働いて身に着けた技術と知恵は簡単に消え失せてしまうものではない。

 

出来る物事が増えるほど、日々は楽になる。

楽になればなるほど、楽しくなってくる。

楽しくなってくると、仕舞いには誰かにそれをお裾分けしたくなってくる。

それが『守・破・離』だ。

 

何かをしたいなら、それら技術や知恵を磨いておくことだと思う。

そして、そこに最後に命を吹き込めば、立派な作品だ。

それらを可能にさせるのは、日々の習慣とそれを支える情熱である。

 

創造的な物事をするには、決してそれを忘れてはならない。

それは、私が失敗から学んだことでもある。

 


Berry Weight - The lotus feat. Astrid Engberg and ASM