覚書き

小林陽太Yohta_Kのブログ

河の流れのように

 世の中には出地、所属、学歴、様々な個人に纏わる条件というものが存在する。そしてそれが往々にしてその者の人生を左右することになるが、元々生まれ持ったその人の魂というか、下品、中品、上品とでもいうか、言語や映像では言い表せない、人の品格というものがそこに存在するように思える。

 

 

  もし、“それ”が“本当”ならば、私は彼方の人へと最敬礼をして事に当たらないとならないとさえ思わせられる事物に昨日出会った。人というものは中々分からぬものだ。このようなことが世の中に存在するという奇跡が、私の人生に時折、ちらほらと散見される。

 

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 そして、“人を通し傷つき人を通し救われる”とはよくいったもので、何らかの計らいがあったのだろうか、過去の傷は今日の救いとなり、やがて未来への糧へと繋がった。

 かつての旧き戦友、懊悩の大和撫子、そしてこの度は・・・。

 

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 ・・・人の脈というものは、どこでその点と線が繋がるかは分からぬものだ。その“魂の系譜”がどのような計らいで輪廻しているかも分からぬものだ。ただ、私がいま言えるのは、素直を基調とし、謙虚に、感謝に、行動を常に実践しながら、死生観を修養しつつ生きるならば、必ずそれは最短最速の“魂の進化と生成”へと繋がってゆくということだ。だが然し、それを阿呆や吽置という純粋さとだけ捉えられてしまうだけならば、それはまるで、灼熱の主と湖畔の家のようなものである。

 『天網恢恢疎にして漏らさず』とはよく言ったもので、全ての真実を知っているのはいつも天だ。昔からこの国では『お天道様がみているよ』といったものだ。人定法はやはり常識ではあるに違いないが、普遍性を伴う自然法に適う法などやはり存在しないのである。

 また『君子、和して同ぜず。小人、同じて和せず(One must draw the line somewhere)』ともいう。例え、在らぬ燻ぶりがそこに立とうとも、凛としておればそれで宜しいのではないか。それが、誰からも理解されずとも、共感されずとも、あの“鶴と亀”だけは、我々を離しやしないのであるからに・・・。

 

※1:(かつての)懊悩の大和撫子に感謝申し奉る。糧を胸に未来へ参りたいものだ。

※2:"Do not have a goal, should have a purpose again." (20170421 for me)

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【Voice Message】
特別配信テーマは「過去と未来」について。(約10分)
それはまるで河の流れのように。
※途中、眠くて間違って喋っている所があります。

 

https://drive.google.com/open?id=0B4ej7Z7T-B0EY1dxbUJLQ0NQdTg

 


【♪うた】かごめかごめ - Kagome Kagome|♬かごめ かごめ かごのなかのとりは♫【日本の童謡・唱歌 / Japanese Children's Song】

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX