覚書き

陽太のブログ

孤独について

 36度もあったそうな、今日の気温。
 最近、ずっと運動してないから、昨日から「ジャージ着て○○公園行くぞ!」と思っていた。
 勿論、いっつもジャージ着てるけど、家でも外でも。

 それで、公園で植物や水辺の写真を撮ったり、市役所のWifiから電波盗んでTwitterしたりしていた。
 その後、いつものBBQ広場に行ったら、沢山の人がBBQを楽しんでいたように思える。
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 人生に季節が春夏秋冬とあるとしたら、夏や秋に生きている人たちだ。
 私のように冬や春に生きる人とは裏表の関係の人たち、いわば外向的な人たちである。

孤独への誘い

 彼らをふと見聞きしていて、私が思ったのはずばり孤独Lonlinessだった。
 孤独Solitudeではない、孤独Lonlinessの方だったのである。
 これは、果たして私の気持ちなのかという点が気になって、いま振りかえってみた。
 結論からいうと、私の気持ちとして体験された、彼らの気持ちなのではないかと思う。

 ふと、過去の学生時代を振り返ってみても分かるが、そういう外向的な人たちとは私は相容れなかった。
 今思えば、たぶん人生のベクトルが逆だったんだと思う。
 どういう風に逆かって上手く言えないけども、若いのに楽しい毎日を送らなかった点の私は惜しい。(ていうか、それらは全く楽しくなかった!)

 

 「陽太ってさ、物事を“裏”からみようとするよね?」

 

 よくそう言われていた。そう、私にとってはそれが普通の認識だったのだが、多くの人とは異なっていた。
 私は自意識的な判断だけでなく、無意識的な判断を常に持っていた。
 だから、いわゆるリアルとドリーム、現実の表とその裏が錯綜して認識されていた。
 私が見聞きしていた現実と彼が見聞きしている現実はきっと大分違ったのだろうと今では思っている。


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孤独の種類とその性質

 孤独には3種類あると私は思う。

  1. 孤立Neglect・・・いじめなどによる差別や偏見によって魔女狩り村八分されるという嫌な経験。
  2. 孤独Solitude or Lonliness・・・ひとりを味わう贅沢な経験 or ひとりを味わえず暇で空疎な経験
  3. 孤高Killer?・・・いわばアーティストなどに見聞きされるイカしてる者としての経験。

  しかし、この3つ共にいえるのは、その全てが内向性を発揮しているときにしか経験出来ないという点。

 外向性な人たちは内向的な自己でもあれるらしいのだが、内向的な人はそれが難しい。
 この外向的な人と内向的な人の圧倒的な違いとは何だろうか?
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孤独なき外向性とその未来

外向的な人→内向的な人(数理的命題において;逆かも!)

 外向的な人はとにかくリアルを大事にするのだ。(意味深)
 でも、何でそんなにリアルを大事にしなきゃいけないか?
 何でそんなに情熱的で、遊び熱心なのか?

 

 実の所、その半分は“自分から逃げるため”なんじゃないか?
 何が苦しいたって、自分と向き合うことほど苦しいことはない。
 自分と向き合うためには“死生観”が必要になってくる。
 それは“正しさ”という視点から見聞きしなければならなくなる。
 ある種のスピリチュアルな視点だ。

 

 一方で、戦争や恋愛が激しい国もある。
 そういう国では、“死するための哲学”つまり“宗教”と向き合わねばならない。
 また“生きるための哲学”つまり“政治”と向き合わねばならない。

 しかし、どうだろうか?
 現代の資本主義国である日本の30~50歳の“祭政”への参加は乏しい

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

 

 それは以前に上記のような記事を掲載したが“死生観”を失っているからではないか?
 いや、それを持たずとも良い暮らし?が出来るというこの不可解さ。

 

マトリックス (字幕版)
 

 

 例えるならば、上述の映画のようなお話にそれは見出されるのでは?
 

  • そこに描かれていたのは、ネオの海老反りではない。
  • そこに描かれていたのは、モーフィアスのサングラスの輝きではない。
  • そこに描かれていたのは、トリニティのフィットした服ではない。

 

 この映画だけは私はエンターテイメントとして見聞きできなかった。

 つまり、そこに描かれていたのは“超現実Super Real”だったのである。

 
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ーーもう、アレやコレやするしかない段階に追い込まれている。

 

社会を結びなおす――教育・仕事・家族の連携へ (岩波ブックレット)
 

 

 この本でも著者の本田由紀さんもソレについて述べている。
 人は一人で居たら駄目になるが、独りじゃなきゃそれも駄目になる。
 しかし今一度、孤独の重要性について振り返る必要がないか?(思いやり)

 死に方生き方にドレと、商品を選ぶが如く・・・・・・。

 ・・・・・・馬の耳に念仏か。