覚書き

小林陽太Yohta_Kのブログ

『いまここ』について

 今日は日差しが強くて、一杯日焼けしたな。

 ポスティングのバイトだ。5時間で700件くらい配達出来たので嬉しい。


Candide Overture: Leonard Bernstein conducting

『いまここ』について

 さて一時期、『いまここ』というものが流行ったことがある。

 先日は茂木健一郎さん(※)が、最近発刊された著書『マインド・フルネス』の中で、ソレを紹介しているみたい。(彼のTwitterで見たような気がしただけなので、違ってたらごめんね)

※学生時代に彼の講演会に足を運んでて、昔からファンなのです。

cf1:百年記念館内ホール@○○大学文理農学部付近

cf2:どっかの教室2F@××大学教養学部付近?

 

脳を鍛える茂木式マインドフルネス

脳を鍛える茂木式マインドフルネス

 

 

『いまここ』って何なの?

 私の思うソレについて私的に列挙します。

  • “ありのまま”(※)に暮らそうとする姿勢。(簡易的定義)
  • 死(愛;α)と生(性;ω)の矛盾がそのまま一致した姿勢。(定義)
  • 天地人』や『阿吽』の境地。(古来???的定義)
  • ロゴスLogosとミュートスMutosが正常に機能している姿勢。(哲学的定義)
  • TanatosとErosに忠実にある姿勢。(ギリシャ神話的定義)
  • 直霊に従い丹田に意識を据える姿勢。(古神道的定義)
  • 太陽と月を大切にする姿勢。(象徴的定義)

※ここでいう、“ありのまま”とは、仏教的には“大我”というよりも“神我”に近い感じです。

 

 これから導かれる性について。

    • それは親Virtueの姿勢そのものである。
    • それは在るBeingの姿勢そのものである。
    • それは"One for All, All for One"を生じさせる
    • それはまさに三種の○×的である。
    • それは積極的な諦め(依存ではなく甘え)に似ている。十界論の九番目以上の領域のこころの視点。(仏教菩薩辺りの心境?

 このような感じだろうか?(間違ってたらごめんなさい)

 


AJICO - Pepin

 

『いまここ』ってイイの?

 イイかワルいかとか、そういう領域のお話ではないことは確かです。但し、以下のような物事を望んでいる方には、直接関係のないお話です。

  • 一攫千金を狙いたい!
  • 人生を薔薇色にしたい!
  • 好きな女の子(あるいは男の子)と一緒になりたい!

・・・などなど。

何故ならば、それらは結局、全て「・・・したい!(したくない!)」ですよね?

『いまここ』は「・・・したい!(したくない!)」じゃないんです、「・・・である(でない)」なんです。(☆)

もう達成されているんです、自分の中で。(関連事項:老子

だから、後はやってゆくだけなんです、他者やみんなを巻き込んで・・・という。

そして、それは“許し”に極めて似ています

☆:「・・・したい!」は、まだ“責任”を背負っていませんから、“自由”もない。しかし、「・・・である」は、すでに“責任”を背負っていますから、“自由”がある。つまり、これがHavingとBeingの違いのようなもので、相対的か絶対的かのような違いにも似ています。(難しいお話かも知れません、ごめんね。関連する過去の根本的記事を載せます。尚、記事中の「赦し」がαで、「本能」がωのことです)

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

 

 


阿部敏郎&雲黒斎コラボ講演会 最初の20分 (前半)

(私の好きな雲黒斎さんの講演会のようです。私は見ていないけども、ご参考にどうぞ。ご拝読ありがとうございました♪)

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX