覚書き

小林陽太Yohta_Kのブログ

不倫について①

 灼熱の夏日は、身体の表面に塩を吹かせ、苦痛に歪んだ顔を汗まみれにさせる。
 なるほど、『怨憎会苦』ともいわれるが、人のこころというものは軽いようで重く、重いようで軽いものだと連日感じている。
 しかし、そういった中でも自然だけはいつも綺麗だ、またそう思える感性だけは鈍らせたくは無い。


涙そうそう - 夏川りみ

 さて、先日から不倫 - Wikipediaに纏わる投票をTwitterで始めた。
 ここでは、最初の投票結果を見てみる。(今現在、全ての投票が締め切られていない)

婚姻と現況

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 この結果には、結構純潔Steadyな人が多いのだなという印象だった。
 いまどきだったら、肯定派と否定派が半々くらいになるのかなと思っていた。
 ちなみに私は昔、完全否定派だったが、いろいろ不倫について見聞きするたびに、完全否定派とは言えなくなってきた。
 そして、遂に部分肯定派に変わったといえるかもしれない。
 但し条件があって、その交際が当人の幸せに今後加算となってゆくのならば、覚悟の上でやってもよいということだ。
 つまりどういうことかというと、

  • 離婚必須で本命と再婚し新たに出発し、よりよき人生を歩む。(自由)
  • 関係者にあらゆる謝辞を払うと同時に罪責と恥辱の非難を味わう。(責任)

 このような自由と責任が伴って、初めて不倫を部分肯定してよいのではないかということである。(これは勿論持論で、普遍的には否定すべきことだとは分かっている!)

 

 外国では離婚がとても多いという。
 日本はこれまで離婚件数は多くなかったが、現在では外国並みに増えてきているという。
 その原因は分析はしないが、要は現在の婚姻制度が似つかわしくない時代へ変遷しているのではないかということだ。
 現在のような婚姻制度ではない制度を採用している国も世界には存在していて、メリット・デメリットあるらしい。

 

過ちと心情

 人それぞれ苦痛に思う、怨憎に思う要所Pointというものはバラバラだ。
 私の場合は、たまたま不倫がその要所だったわけだが、不倫しても、あるいは不倫について何も思わぬ輩も上記の投票結果から居ることも分かる。(次の記事ではそれが鮮明になるが)
 大抵、自分が嫌に思うことというのは、自分がかつてやったことのある過ちであることが多い。
 であるからに、(輪廻転生が仮にあったとして例え今生ではなかったかとしても)私も過去において、不倫をしていた時代があるのだろう。
 勿論、現在では不倫そのものに対するそういった嫌な思いについては、特に許せない・恨み辛みといった暗いDarkな認識は無くなった。(正確には“どーでもええわ!”になっている。ただ私が未だに怨憎するのは、不倫で関係者を巻き込むなということだ!不倫したいなら、その団体組織から抜けてどっか無人島でも行ってやってくれないだろうか?この私の認識は旧人類的でしょうか?)
 しかし、それに付随する不快感というか、嫌悪感はやはり払拭されぬということは、これは人類に普遍的な怨憎すべき要所だともいえるのではないか。(それをいうためには、結婚の定義をしっかりと把握する必要があるのだが・・・)

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 不倫を通して結婚 - Wikipediaの本質に迫るというのも、中々苦いBitter(裏道)なものだが、私は男女間で、どちらか一方が完全に悪者だと決めつけることは出来ないという信念を持っている。
 ただ表向きは男性がその責任を背負うことになっている傾向が強いようだが、それは女性のよくない部分の性がそうさせている部分も大きいと思う。

 

【参考リンク】 ※随時追加予定。

matome.naver.jp

uwaki-pro.com

 (次の記事では、この記事の続きとして、別の投票結果を元にエッセイではなく評論をしたいと思う。了)

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