覚書き

陽太のブログ

デジタル家畜化

 昨日は蒸し暑かった、もう蝉が鳴く季節。

 32の男が何やってんだろうって感じだが、友人らと話していて、色々と思ったことがあり、手元の日記に書いていた。


AJICO - 歪んだ太陽 【バンドで演奏してみました】(Cover) 中央大学軽音楽同好会

(うーん、いいかんじです♪)

IT社会に暮らす

 『マルチメディア社会の到来』というキャッチフレーズが90年代に流行っていた。

 まぁ、今でいう“双方向通信”みたいなものなのだろうと思うが、要は現在のIT社会の構想前段階のようなものだったのかなぁ。(よく知らないが)

 2000年から始まったITバブルであるが、その後、パソコン、ケータイ、スマホ・・・などの普及が一般に進んだ。

 しかし、その流行の速度は旧世代には脅威で、急速なアナログからデジタルへの移行はデメリットもあった。

  • 電化製品等の多機能化・多付加化による素朴さの欠如。
  • 旧世代のデジタルアレルギーの発生や取り残され感。
  • アナログを忘れてデジタル家畜化された人類の将来に対する不安。
  • その他など。

 私が今回指摘するのは、“アナログを忘れてデジタル家畜化された人類の将来に対する不安”である。

 

デジタルの危険性

 2011年、東日本大震災を経験した私は、如何に普段、素朴な事物を軽視していたかが身に染みて分かった。

 素朴な事物とは、例えば風・水・土・水のようなものである。

 ここでは、水を元にみてみよう。

 

 あの震災では水は津波として脅威を奮い、同時に水不足として必需に迫られた。

 この素朴な水という物質は、デジタルではなくアナログの根本例である。

 一方で、電気という物事があるが、我々の現在の生活では電気無しの生活はまず考えられないだろう。

 AI・ロボット・機械を利用する多くの産業。

 電気を必要としているそれらの産業にとって、天災や人災による電源供給のストップは脅威である。

 また、現在のIT社会における、インターネット・ビジネスのようなものは一発でアウトだろう。

 このように、如何にそのような“デジタル(に依存した)生活”が弱いものかというのが分かると思う。

 反対に、アナログというものはやっぱり古典的に強い。

 だから日々の暮らしの中で、スマホの画面ばかり見て俯いている人々の群れが、なにか滑稽に、そして不安に見えて気やしないか?

 デジタルを支えているのは結局は素朴なアナログだ。

 電気がその根本になっているのだろうから、中学3年生の理科で学習した(エネルギーの相互性の件)と思うが、電気も先に述べた、風・水・土・火などからそのエネルギーを変換させて得ているからだ。

 デジタル家畜化された我々は普段そういうことを忘れているがしかし、それは危険なことではないだろうか。

 若い世代ほど、デジタル機器やサービスの扱いはとにかく上手い。

 だから、この時代にシゴトには恵まれやすいかもしれないが、私はそこに上述のような意味で不安を強く覚えているのである。

 

アナログの強み

 結局は、デジタルよりアナログの方がいざという時は強い。

 例えば昔の情報伝達の手段としては、以下のような物事があった。

  • ノロシを上げる。
  • ホルンを吹く。
  • 飛脚で運ぶ。

 このような物事は、本当に大昔の古典的な例だ。

  • モールス信号。
  • 手話。
  • 郵便(運輸)

 現在でも利用されている物事である。(東日本大震災のときでも、郵便は稼動していたと思う)

 

 これらの情報伝達手段は、基本的に普段の暮らしで利用する意味での電気に依存しない。

 したがって、このブログ記事のようなデジタルな情報伝達手段よりも、天災や人災のときのような時と場においては、アナログな情報伝達手段がやはり強いのである。

 だから、アナログの強みというのを決して侮ってはいけないのだとデジタル家畜化された暮らしの中で、よく振り返り、その依存をあえて断ち切る努力をするというのも乙なのかもしれないとさえ、今では思うのである。

 

 そういえば、Amazon.co.jpなどの繁盛のおかげで、地元の個人経営の書店などがどんどん潰れていった。

 また、そういったインターネット・ビジネスの繁盛のおかげで、皮肉にも、その商品を運輸する側も儲かっているかもしれないが、それ以上に繁忙となってしまった。

 結局、実際の部分においては、生身の人間がそれらを運営しているのである。

 今一度、デジタル家畜化されてきた人類(主に先進国の人間)は、血の通った生身の人間としての自己を、アナログとしての“ダサい”自己を、振り返り、取り戻し、大切にしてみるのも、中々、“デジタルな人類なのではないか”と思うのである。

 


KIMOCHI 椎名林檎×向井秀徳

向井秀徳さんの台詞は、今日の記事の内容に少し繋がっているかもしれない。了)