覚書き

小林陽太のブログ(日曜日更新)

恋愛とか戦争とかとか

 ネットの世界はここ20年くらいで激変して、昔はマニアの研究家の方々が活躍していた世界だったのだが、キュレーションサイトのNaverやTogetterなどの登場で、押され気味になっている。


tricot『おちゃんせんすぅす』MV

(たまんねぇな、と最近はまってる次世代感覚♪)

恋愛というか戦争

 巷のいわゆる理系男子による「恋愛工学」というものが一時期、裏界隈では囁かれていたことがある。

 恋愛を比較的、科学的な視点?(単に大人の男性視点なだけで、別に科学的でもなんでもないんだけど)から考えて、どうやって性行為に持ち込むかという機械論的内容だ。

 私は男なので、読んでいてそうだなと納得する部分もあったが、それって恋愛かよと思ってしまった部分がある。

 いや、それは恋愛というよりも戦争(戦略や攻略)に近いと思った。

 そう、残念ながら男にとって恋愛とはするものではなくされるものであり、戦争とはされるものではなくするものである。

 ゆえに、男は本当の意味で恋愛は出来ない、出来たとしたら同性愛者か、自分を女だと感じさせてくれる自分より上の男だけだ。(両性愛者)

 

※純粋な異性愛者は30%、両性愛者は60%、純粋な同性愛者は10%という統計結果が載っている文献を昔、大学の図書館で読んだ。

 

ピュア男子の恋愛依存症

 恋愛依存症のピュア男子は一回、女の醜いところを徹底的に体験した方がいい。

 一度、その甘ったれた恋愛観を木っ端微塵に破壊してもらったほうが、今後のためになるに違いない。

 それが厭ならば、二次元に居座るか、多分100人一人くらいなら居るかも知れないピュア女子(天然というより馬鹿)を見つける努力をどんどんすべきである。

 本当の女ってのは、精神的にピュアじゃないし、アレだ。

 だから、精神的にピュアな女が居たとするならば、それは多分“本物の男”だ。(難しい話になった)

 とりあえず、恋愛ってものは・・・、・・・毎日が“心中未遂”みたいなものだと今では思うから、恋愛しすぎると寿命を縮めると思う。

 

男と女の魅力と実際

 結論からいえば、それは以下の通りだ。

※尚、ここでいう戦争は、戦略や攻略だと思ってくれればいい。

  • 男は恋愛ではなく戦争しているときが魅力的だが、だが実際は戦争ではなく恋愛をWatchingしたがるSagaである。つまり嘲笑が好きだ。
  • 女は戦争ではなく恋愛しているときが魅力的だが、だが実際は恋愛ではなく戦争をAskingしたがるSagaである。つまり悪口が好きだ。
  • あえて極論すれば、女は悪い男と生きたがり、男は悪い女と死にたがる。
  • その他、いろいろ・・・。(あえてここでは書かない)

 だから、男と女は分かり合えないし、いたちごっこのようなものだし、まさに“矛盾”そのものではないか。

 

反科学的人間論

 科学においては“再現性”があることが非常に重要視される。

 つまりどういうことかというと、実験などを通して、定性や定量による統計データの集積などから、なんらかの法則や性質を見出して、それを再現できることを立証することに心血を注いでゆくところがある。

 そして、その知見を人類が(例えばインターネットなどで)共有し、世界中のどんな地理歴史においても、ある一定の条件の下でなら、誰でも再現が可能であるというのが科学の素晴らしいところの一つではないかと思う。

 勿論、基本的には先輩科学者たちの築き上げてきた土台の上でそれを組み立ててゆくのがセオリーではあるが。

 

 しかし、人間を科学的に再現できるのかといえば、無理ではないか?

 例えば、人間に関するあらゆる統計データを取得し、それを元に再現しようとしたら・・・、・・・多分、極めてよく出来たアンドロイドになるのではないか?

 だから、恋愛や戦争をする人間、あるいは恋愛や戦争を省みる人間ってのは、科学的な視点だけでは把握できないような気がしないでもない。

 

再びピュア男子の・・・

  今日、こんな記事を書いたのは、あるサイトを読んでいて色々と思ったことがあったからだ。

 実は昔の私を見ているようで、あるいは時に未来の私を見ているようで、そして“いまここ”ではない、“永遠の何処か”にいる私を想って書こうと思ったからだ。

  • 男はこうあるべしとか、女はもっとこういう風にとか辞めればいい。
  • それより、人間にしか出来ない事物をやらないと、未来は・・・。
  • 恋愛は頭で考えてするもんじゃない、それは寧ろ戦争に近い。
  • 自分の魅力を発揮したいなら遊び、自分の魅力を磨きたいなら学ぶこと。
  • 遊び+学び=シゴト、だ。
  • 幸せにシゴトをしたいなら好きなことをシゴトにするしかない。
  • 好きに理由なんてのはなく、それは好きな人に理由がないのと同じ。
  • 原因や結果を求める姿勢は学びで、目的や空気を求めるのが遊びです。
  • その他、このへんで。

 恋愛とか戦争とかとか。

 それらが繰り返されるのは、人間が本音では“遊ぶのが好き”だから。

 学ばないから、“教育”に疎遠になってしまう余裕のなさそのもの。

 嗚呼、「知ったこっちゃない、人間も動物と同じ!」とまた聞こえてきそうだ。

 (・・・マララさんが言っていたことは、本当です。;了)

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX