覚書き

小林陽太Yohta_Kのエッセイ

魂の次元②

以下、メモ。

以前、内向性と外向性にまつわる数理モデルというような記事を書いていたが、アイデアは良かったがシンプルではなかったと反省している。
あれから、よりシンプルな考え方をするようになり、内向性と外向性、即ち本質/存在と現象/消滅の対比を以下のような変数で表すことにした。
以下、私の研究基盤上でのお話。

C.G.Jungによる、内向性はI、外向性はEという可逆変数で数値化させる。
特に内向性に関しては、中々数値化しにくいものではあるが、あくまでもメタな話として。
このIとEは表裏一体の変数であり、その間には、I=-E+5(一次関数)が成立している。

また、Dsとはスピリチュアル界隈でいう魂の次元のことであり、その者の魂が本拠している次元である。
この本拠している次元については、人それぞれ異なるものであり、一般にその次元が高いほど苦悩、あるいは苦労が多いようだ。
本拠している次元が高いからといって、そのリアルな本人が次元が高いところに居るとは関係ない。
本拠している次元が高いのにも関わらず、低い次元に居る者は苦悩というかたちで表れ、高い次元に至ると苦労になる。
どちらにせよ、一般平均的にみて内向性の度合いが高くなりがちな者ほど、その次元は高くなりやすいと今のところ踏んでいる。
(つまり、外向性とその次元はあまり関係がないと私は今のところ踏んでいるのである。)

研究基盤、A/W SPECTRUM上での各パラメータの設定とその数値範囲については、(以下略)、その関係式は、

Ds≧I+2.5 ・・・①

であるからに、I=-E+5であることから、

Ds≧-E+7.5 ・・・②

がいえる。また①と②を加減法より、

Ds≧1/2*(3I+E)

として、定数項を消去することが出来た。これにより、3I+Eをリアルな次元における定数としてDという値として仮定したときに、

Ds≧1/2*D ・・・③

といえることから、{D_k | 0≦k≦n}とし、

Ds=1/2*D

が成立するときのDをD_nとすると、今後、いろいろな方面でその魂の次元との関連を考えてゆくことが出来ると踏める。
一方で、δをIとEにおけるなんらかのエネルギーの放出と吸収の作用によって生じる差分として仮定すると、

I±δ⇔E±(-δ) ・・・④

これを③と④と関連させて色々と操作してゆけば、微積分的な取り扱いも可能になってくるのではないかという気がしている。


【具体例】
あるAという人物は、本業でライター、つまり文筆と描画のシゴトをしている。一方で、副業ではバイク配達、つまり運動と直感のシゴトもしている。
ここで、私の研究基盤上の変数から、文筆と描画はE=2、運動や直感のE=4として概ね扱うと、

ⅰ)E=2(文筆と描画)のとき、②より

Ds≧-2+7.5
≧5.5

ⅱ)E=4(運動と直感)のとき、②より

Ds≧-4+7.5
≧3.5

というように、概ね推定が出来る。(☆)
一方で、③などから、

D=3I+E

であるからに、ⅰ)とⅱ)のときのように、それぞれdを求めると、

ⅰ)E=2(文筆と描画)のとき(k=1)、I=3になるから、③より

D_1=3*3+2
=11

ⅱ)E=4(運動と直感)のとき(k=2)、I=1になるから、③より

D_2=3*1+4
=7

これにより、

⊿D=11-7
=4 (但し、kの値を入れ替えることにより、負になる場合もある)

という何かに今後使えそうなものを算出することが出来る。
勿論のこと、そういう感じ方や考え方の枠組みは数理や音楽にあるのだということを強く認識しておきたいし、魂のような本質と存在についてはその限りではない。


☆について
ところで職業の話になるが、よく「職業には貴賎はない」というが、“誰にでも出来そうな仕事をしている人は人としての対価や評価が低いことが多い”というのは社会的に自明である。(そういう傾向がやはりみられるということ)
例えば、東京のオフィスで働くライターみたいな仕事は、汗まみれになって働くバイク配達員のような仕事よりも対価や評価が高いように思われていることが多い。極端なことをいえば、大学で数学や音楽を教えているような教授と、バーで酒を作っている店員とでは、その社会的な対価や評価というものも明らかに違うように思われているし、実際に違うだろう。
しかし、やはり職業に貴賎はないし、それにその職業をしているから魂の次元というか、その人の本質と存在は関係ないということなのである。(でも、リアルではそういう扱いはされないことが実際には多いのだ!私は散々経験してきた)
私は以前から不思議に思っていたことがあって、とんでもない職場で働いていてもとても人間的にいい人も居れば、アカデミックな世界なのにとんでもない人間も居るということだった。
だから、リアルにおけるその人の対価や評価と、その裏における本人の魂は別だということなのだ。
ただ傾向としては、やはりその本人の魂が高次元でなければ出来ない仕事というのは、どうもあるみたいではある。

生々しい話はこれくらいにしておいて、ただ言えるのは、猿に生まれて海が泳げないように、魚に生まれて木が登れないように、やはりその人の魂、魂に見合った暮らしを営めることが大切なのではないかと思うのである。
同時に、仮に対価や評価が低い職業などをしていたとしても、それと“魂とは(可逆的な意味で)何の関係もない”のだということを強調しておきたい。
であるがゆえに、これまでリアルにおいて何かと悔しいというか、そういう経験をしている人がいるとするならば、それは魂とは関係ないのだということを強く、ここでは“(メタ的ではあるが)数理的に証明してゆきたい”ものである。(了)

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX