覚書き

小林陽太のブログ(日曜日更新)

やめたい癖

結局、電子書籍の原稿を年内に書かないまま年越しをしてしまいそうである。

 

 


ASKA - I'm busy

(歌が上手い人って何が違うんでしょうか。。。♪)

嗚呼、何をしていたのか?いや、忙しかったといえば嘘だが、もっといい意味で忙しくするべきだと友人から忠告を受けた。

やはり持つ者は友人だなと今では思うのだが、友人と親友・恋人の線引きというのは中々難しいもんだなとは今でも思う。

 

また、本業が修養の姿勢だとすると、生業は実践の姿勢となる。

何を学び、何で遊び、何でそういう仕事をしてゆくかというのは中々マッチングが難しいとは今では思う。

 

ところで、I'm not busyな状態というのは、あまり良くない物事のようで、やはりリアルに暮らす人間というものは、適度にI'm busyな状態がいいようである。

但し、それが経済活動と結びついた場合は、中々失敗というものが許されないものであるからに、責任ある仕事という物事には、どうしても細心の注意と配慮が求められるのであろう。

そういう忙しさのなかにあっても、何か本業を学び掴もうとする態度が重要である、暇の中で学ぶより、忙しさの中で学んだほうが味が増すみたいなことを友人が仰っていたので、確かに過去を振り返ってみてもそうだったなという気もしないでもない。

 

以前の記事で、

 

chisana-taiyo.hatenablog.com

暮らしにながれを持たせるという話を書いたが、それは実に大切なことだと思う。

今では、私の暮らしは手製のビジネス・カレンダーを中心に日程が組まれており、ある程度の定例活動というものが決まってきたと思う。

勿論、不測のイベントの際には、財布に余裕がないと出掛けられないからに、ある程度の人間らしい営みのための年収というのは確保しなければならないのだとは思っている。

 

今年は、比較的前半は重苦しい感じであったが、後半は明るい心向きが見られてきたかなと自身に思う。

やはり、人の中でいろいろな経験を積むこと、それも異性を通して経験を積むことが大切なのだなとはやはり思う。

人が人らしく人間としての営みを得るためには、やはり会社とまでは言わなくとも学校のような組織の中で、実践や修養を繰り返すことが大切なのだと今では思える。

ただただただただ、何度も思ってしまうのは、色々とトラブルが多くなって、その組織や人間関係をすぐに辞めてしまいたいと思ってしまう癖は今後、何とかしてゆきたいと強く思うのであった。了

 

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX