覚書き

小林陽太Yohta_Kのエッセイ

教養に関するメモ

この前、地元のスーパーのベンチで、『鬼ごろし』を朝っぱらから飲みながら、ひたすら痰や唾を吐き続けるおっさんと会話した。


ZAZEN BOYS - KIMOCHI

(最初、このアルバム聴いたとき感動した♪)

てっきり、俺が横で煙草を吸っていたから、煙ったくて痰や唾を吐き続けていたのかと思っていたが、尋ねてみると鬼ごろしのせいで吐き続けていたらしい。

その後、いろいろとお話を伺ったが、現役時代は相当な金持ちだったとのこと。

詳しくはここでは書かないが、今回のテーマである「教養に関するメモ」である。

 

教養に関するメモ

  • 教養と教育は違う。教養は教育が身になっているのに似ている。
  • 教育者は教養のある者でなくてはならない。
  • 教養という言葉の本質と存在とは、有徳に似ている。
  • 学問や芸術に親しむことが教養を積むことではない。
  • 教養を積むとは苦しい経験の中から正しさを掴むことに近い。
  • 教養の結果とは人格そのものであると思われ、それは倫理に似ている。
  • 教育者とは教養のある者の形質であり、教育とはその事物である。
  • あらゆる事物は金をきっかけとして現象と消滅をすると思われる。
  • 金とは……。
  • ……知っているのと知らないのには大して違いはない。
  • 聞いたことがあると見たことがあるは対極的である。

and more.

Yohta KOBAYASHI (C) 2016-20XX